日本人もあまり知らない「来訪神」が無形文化遺産に登録

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国連教育科学文化機関(ユネスコ)の政府間委員会は、2018年11月28日に8県10行事で構成される「来訪神 仮面・仮装の神々」の登録を決定しました。

参考:ユネスコ無形文化遺産にナマハゲなど8県の「来訪神」(産経ニュース 2018年11月29日)

2009年に単独で登録された鹿児島県の「甑島(こしきじま)のトシドン」に9行事を追加する形で申請、今回はいわゆる”登録内容の変更”なので日本国内にある無形文化遺産は歌舞伎、能楽、和食などと合わせて21件のままです(件数は中国に次いで世界で2番目に多い)。

来訪神(らいほうしん)とは?

「来訪神」とは、季節の変わり目に異世界からの神にふんした住民が家々を巡って厄災を祓ってまわる民族行事を指します。

  • 甑島のトシドン/鹿児島県甑島(こしきじま)
  • 男鹿のナマハゲ/秋田県男鹿(おが)半島
  • 吉浜のスネカ/岩手県三陸町吉浜(現:大船渡市)
  • 薩摩硫黄島のメンドン/鹿児島県硫黄島
  • 米川の水かぶり/宮城県米川(よねかわ)
  • 遊佐の小正月物語/山形県遊佐(ゆざ)
  • 能登のアマメハギ/石川県能登半島
  • 見島のカセドリ/佐賀県見島(みしま)
  • 悪石島のボゼ/鹿児島県悪石島(あくせきじま)
  • 宮古島のパーントゥ/沖縄県宮古島

神の名前は耳に馴染みがない音で理解が難しく、どんな姿かは想像もできません。来訪神の中には起源が分からず、伝承している間に鬼の姿で定着したものもあるようです。

今回の無形文化遺産登録では「来訪神は多様な姿をしており、地域の素材で神の形を可視化する豊かな創造性」が評価されました。

保護しないと存続が危ういから登録される?

ユネスコの無形文化遺産に登録された時点で、来訪神は”保護しないと存続が危うい文化・伝統”と位置付けられています。

来訪神は集落全体で伝承し、地域の絆を強める役割を果たしていますが、少子高齢化と過疎化で集落での継承が危ぶまれており、今回登録された10行事は全て日本の重要無形民俗文化財に指定されて保護されてきました。

文化庁は「変化の激しい現代に同じ行事を繰り返すのは難しく、続いていること自体に大きな価値がある」と評していますが、各地域は今回の無形文化遺産登録は地域の魅力を発信する機会として期待しているようです。

因みに、私は世界無形文化遺産に登録されたらユネスコから存続に係ることに対する補助金が支給されるのかと思っていましたが、調べてみるとユネスコからの援助はないようです(日本と国際社会にはその世界遺産を保護する義務は生じる。遺産保護に対して文化庁の介入がある)。

来訪神の姿は?起源は?行事について調べてみた

登録名称のほとんどが「地名+神様または妖怪の名前」なので、どんな行事なのか、どんな姿をした異界の者なのか分からないため調べてみました。

情報ソースはWikipediaです。「薩摩硫黄島のメンドン」と「米川の水かぶり」はWikipediaに掲載されておらず分かりませんでした。

甑島(こしきじま)のトシドン

  • 鼻の長い鬼のような顔をしている
  • 棕櫚(シュロ)の木の皮などでつくった衣服を着ている
  • 天上界に住んでいる
  • 子ども好き(子どもたちがどんなことをしているのか天上界から眺めている)

毎年大晦日の夜になると山の上に降り立ち、首のない馬に乗って鈴を鳴らしながら家々を回り、その年に悪さをした子供はこらしめてから、歳餅を与えて去っていきます(歳餅をもらわないと歳をとることができないとされている)。

甑島のトシドンの起源は不明ですが、明治時代以前から子弟教育・濃厚儀式として口承されてきました。行事ではトシドンにふんした人が子どもの家、3~4才または7~8才の子供のいる家を訪問して悪行を懲らしめます(悪行は事前に家族が報告)※。

※懲らしめるだけでなく、長所を褒めたりもするようです。

男鹿(おが)のナマハゲ

  • 鬼の容貌(本来は鬼とは無縁だったが、近代化の過程で鬼文化の一角に組み込まれた)
  • わらの蓑(みの)を着ている
  • 手に出刃包丁または鉈(なた)を持っている

ナマハゲは「冬に囲炉裏にあたって「ナモミ」(低温火傷による温熱性紅斑)を作る怠け者を懲らしめ、災いを祓って祝福を与える」という意味での「ナモミ剥ぎ」が訛ったとされます。

つまり具体的な神様像、どんな神様なのかというイメージがあるわけではないようです。ナマハゲの行事は怠惰や不和といった悪事を戒めて災いを祓うために行われます。東北地方においては「悪いことをするとナマハゲが来るよ」という風に幼児に対する教育という一面もあるようです。

ナマハゲは年の終わりに各家庭を回り、怠け者の他にも子どもや初嫁を探して暴れます。家人はナマハゲを丁重に出迎えて、主人が家族の日常の悪事を釈明したあとに酒などをふるまって送り返すという流れになっています。

吉浜のスネカ

  • 鬼のような犬のような独特の顔
  • ナマハゲに似たわらの蓑(みの)にアワビの殻が付いていて、歩くたびにガラガラと音を立てる

ナマハゲ同様にスネカも囲炉裏やコタツに入って脛に低温火傷(温熱性紅斑)を作る怠け者を戒めています。

ナマハゲ同様に具体的な神様像はないのですが、鬼文化の一角となってナマハゲとは異なり、”犬のようでもある”といった独特な容貌をしているため「何かのイメージがあったのかも」と思わせます。

遊佐(ゆざ)の小正月物語

小正月の伝統行事なので「小正月物語」という名称ですが、男鹿のナマハゲに似た行事でアマハゲが各家を回る行事です。

囲炉裏にあたっているとできる低温火傷(温熱性紅斑)をこの地方では「アマ」というため、アマを剥ぐ=アマハゲと呼ばれています。

アマハゲがナマハゲと違うのは「怠惰を懲らしめる」のではなく「勤労を奨める」点です。

能登のアマメハギ

  • アマメ(囲炉裏や火鉢に長くあたってできる温熱性紅斑)をはぎ取る妖怪
  • 鬼のような形相をしている

ナマハゲ、スネカ同様にアマメハギも怠け者を懲らしめる点は同じですが、アマメハギは農閑期に農民を管理していた役人が農閑期に農民たちの怠惰を戒めるために各戸を訪問してきたことが起源となっています。

見島(みしま)のカセドリ

  • 神から使わされた雌雄つがいのニワトリ
  • 長さ1.7mほどの竹で悪霊を祓う
  • 顔を見ると幸せになれる

カセドリは地区内の家々を順番に訪れ、その年の家内安全や五穀豊穣などの祈願のため、竹の先で家の床を打ちつけて悪霊を祓います。

竹で悪霊を祓う所作は他に類がなく、地域的特色が豊かです。

悪霊を祓ったカセドリに家人は酒や茶をふるまい、カセドリは顔を伏せたまま応えます。カセドリの顔を見ると幸せになれるということから、底の深い器を接待に使って顔をあげさせようとします。

悪石島(あくせきじま)のボゼ

  • 盆の終わりに現れるされる
  • 盆行事の幕を引くことで死霊臭の漂う盆から人々を生の世界によみがえらせる役目がある(諸説あり)
  • 手には男性器を模したボゼマラという長い棒をもつ

ボゼは島内の聖地「テラ」に現れ、古老の呼び出しと太鼓の音に導かれて島民が集まる広場を訪れ、女子供を中心に追い回してボゼマラの先端についた赤い泥水を擦り付ける。

こうすることで、悪霊払いの恩恵を受け、女性は子宝に恵まれるといいます。祭りが終わると悪霊を祓われた人々は安堵と笑いの中で酒や料理を楽しみます。

宮古島のパーントゥ

パーントゥには「平良地区島尻のパーントゥ・サトゥプナ」と「上野地区野原のパーントゥ」の2種類があります。

【平良地区島尻のパーントゥ・サトゥプナ】

島尻のパーントゥは旧暦3月末~4月初、旧暦5月末~6月初、旧暦9月吉日の年3回行われるサトゥプナハ(里願い)の3回目に出現します。

パーントゥは数百年前にクバ浜に漂着して村民が来訪神として崇敬せいていたクバ(ビロウ、枇榔)の葉に包まれた黒と赤の仮面を、ある男性が被って集落内を駆け回っていたことが起源と伝えられています。

パーントゥには親(ウヤ)、中(ナカ)、子(フファ)の3体いて、パーントゥに模した3人はキャーン(シイノキカズラ)の蔓草をまとい、ンマリガーという井戸(「産まれ泉」)の底にたまった泥を全身に塗ります。

パーントゥは集落発祥の地にあるウッパタヌシバラ(拝所)で5人のミズマイ(神女)に祈願したあと集落を回り、誰彼かまわず人や新築家屋に泥をつけて回ります。

ンマリガーで採られた泥を塗ると悪霊が連れ去られるとされていますが、泥は強烈な臭気を放つため塗られると数日は臭いがとれないようです(興味本位で参加する観光客による苦情が問題となっている)。

【上野地区野原のパーントゥ】

野原のパーントゥは旧暦12月最後の丑の日に出現します。地元では「サティパライ(里祓い)」とも言われています。

行事に参加するのは少年と成年女性のみで、少年の1人がパーントゥの仮面をつけてニーマガー(井戸)を出発し、その後を他の少年と女性たちが続きます。女性たちは草帯を腰に巻き、マーニ(クロツグ)やタドゥナイ(センニンソウ)で作った草冠を被り、両手にツッザギー(ヤニブッケイ)の杖をもって行列します。

行列は集落の大御嶽前で礼拝したあと、「ホーイホーイ」と唱えながら集落内を行進して厄払いします(集落の端にあるムスルンミで装飾を外し、巻き踊りをして行事は終了)。

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