私有地を主張し過ぎて起きるトラブルはお年寄りに多い

― 道が広くなって便利になったわね ―

前面道路の舗装工事が終わり、自転車や徒歩で道を往く近所の人がにこやかに話しかけてきますが、実は前面道路は全く広くなっていないのです。

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なぜ広くなったと考えたのか?

今までも近所の人たちは同じ巾の道路を使用していましたが、広くなったと感じた理由は次の2つあります。

  • 入口から出口まで全面舗装されて一体感ができた(多色よりも一色で塗られた方が広く見える)
  • 土地購入前に設置されていた土地への不法侵入を防ぐための衝立を撤去したため開放感がある(塀を設置せずオープンな3台分の駐車場にしている)
  • 路面の凸凹が舗装で解消されて通行可能エリアが増えた

我が家が私有地と主張しない理由

  • 私たちの使い勝手が悪くなるから
  • 端っこの自分たちが使用していない部分を他人が通るだけのこと(目くじらを立てる必要はない)

今回アスファルト舗装された部分の一部は我が家の敷地です。道路を舗装する工事の人と話し合って、駐車場と道路の境の私有地もアスファルト舗装してもらうことにしました(「ついてだから」と無料)。

アスファルト舗装された私有地を多くの人が通ることになります。嫌ならば白い線を引いたり、植木をおいて私有地だと主張することはできますが、駐車場の使い勝手が著しく悪くなるので夫婦で相談してやめました(白い線はバイクも滑りやすい)。

私有地を主張しなくて大丈夫か?

将来何かトラブルが起きても、公的書類(土地の登記書類、測量図、実際に土地の境界にある境界杭)でしっかりと私有地の主張はできます

近所には反面教師がとても多い

道中の家々がセットバックして道を広くする中、間口にある2軒はそれぞれブロック塀を建てて私有地(敷地)を主張し間口を狭くしています。

結果、その部分は車1台がやっと通れる程度の幅しかなく、消防車両の出入りができない道になってしまっています。

さらに、ここは小学生の通学路なので1mを超えるブロック塀は子どもたちの視界を妨げて見通しを悪くしています。自治体もブロック塀の撤去をそれとなく促しています(法的強制力はないのであくまでも”地域のため”と)。
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自治体に”無償提供”すれば地域住民が通行できる部分になっても個人の私有地に変わりはない

なぜこうまで私有地主張をするのか?

ブロック塀を立てたことで狭くなった道に自分たちも不便しているのに、それでも自分たちの陣地を主張する気持ちが私たちにも分かりません。

相続とか売却とか考えたとき公的証書を使えば損をすることはないはずです。

高齢者にはこのような傾向が強いのかと思わせるニュースが「通行妨害し自転車男性押し倒す 傷害容疑で男を逮捕 堺」(産経WEST 2017年11月8日)です。

この事件で逮捕された平野容疑者の罪状は「傷害」です。平野容疑者が”私有地”と主張する場所、一般的な感性の人が見れば道路(正確には”周辺住民が共同で所有する私道”)、をケガをした男性が自転車で通ったためです。

平野容疑者は約2年前にもこの”私有地”に植木鉢等を並べて”往来妨害容疑”で逮捕されています。映像を見ると自宅の前にデデデデンッと並ぶ植木鉢やブロック…「本人たちも通り難かっただろうに」としか思えない状況です

参考:「自宅前に大量〝植木鉢バリケード〟私道を封鎖 77歳夫婦、通行妨害容疑で逮捕 大阪・堺」(産経WEST 2015年11月24日)

前回の逮捕で植木鉢は撤去されたものの、平野容疑者は自宅前に白いペンキで「私有地」と書き、そこを通る人たちを怒鳴りつけてトラブルを起こしていたようです(ここ約2ヶ月間の110番通報が10~20件)。

他人のふりみて我がふり直せ!

「最近の若い人は地域への協力がない」
「若い人は自分たちのことだけだねぇ」

先日お祭りのときにつける紙垂を持って来てくれた近所のお爺さん…旦那に祭りへの参加を求めるものの仕事があるからと断る私に必殺技「今時の若い者は」を繰り広げていきましたが、このお爺さんこそ前述した2軒のうち1軒の家の人です。

(そのまんま言い返してやろうかしら)

”地域住民のため”とクドクドと説教垂れるお爺さんに何とも冷めた気持ちを味わったことをニュースを見ながら思い出しました。

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takka

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