雷電と安産について林檎を食べながら考える

さっぱりとした秋晴れが気持ちよく、長野県に紅葉狩りに行っていた義母がお土産を持って来てくれました。

「浅間山は雪をかぶってキレイだったよ

そういって渡された林檎(シナノスイートと秋映)は信州・浅間サンライン沿いにある道の駅「雷電くるみの里」(長野県東御市)で購入したものでした(参考:「道の駅雷電くるみの里」公式サイト)。
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シナノスイートは甘めの林檎、秋映は甘味に酸味がバランスよく混じった林檎

この地域の林檎と聞くと、東御市の隣にある懐古園にゆかりのある明治の文豪・島崎藤村の「初恋」が出てきます(詩の中の林檎がこの地域の林檎かどうかは分かりませんが)。
手前が秋映、奥がシナノスイート
「”安産”の御利益があるらしい雷電像があった」

義母は妊婦の私に変わって拝んできてくれたようです。・・・しかし、

「なぜ力士で安産祈願?」

訊くと「確かに」と義母も首を傾げていました。そう、”雷電”とは神様の名前ではなく江戸時代に活躍した力士・雷電爲右衛門のことです。
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関東各所には雷に係る神様を祀った「雷電神社」がありますが、ここの”雷電”は力士です。埼玉県の場合は幸手市と春日部市にあります(総本社格は事実上群馬県の板倉町にある雷電神社)。

力士・雷電は勝率9割超の”大相撲史上未曽有の最強力士”とされています(横綱にはなっていません ※理由は諸説ありどれも決め手に欠ける)。彼の出身地が現在の長野県東御市(旧・信濃郡小県郡大石村)です。

江戸相撲での初土俵のときの錦絵に身長が6尺5寸(約197cm)と書かれており、道の駅には雷電像がドンッと置かれているそうです。最強力士だった雷電にあやかり勝負事の前に願掛けで撫でる人が多いとか(安産につながる理由はやっぱり不明)。

雷電は当時の力士としては高い教養をもっていり、雷電が残した「諸国相撲控帳」(雷電日記)や「萬相撲控帳
」は相撲に限らず江戸の風俗を知ることができる貴重な資料となっています。
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雷電日記の原本の写しが東御市になる雷電生家(復元され1984年から一般公開)に保存

・・・”雷電のように”強くて賢い子が産まれるますように、で安産祈願なのでしょうか雷電神社にも何故か安産の御利益があったので色々混じってしまったのでしょうか

しかし「雷と子ども」とは・・・まるでキノコのようです(参考記事:「キノコに電気ショックで収穫量アップ」日本経済新聞 2017年10月27日

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takka

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